La Bayadère

d0156092_21364517.jpg昨日のパリは日中23度と天気予報では言っていたけれど実際にはもっと高かったのでは?と言うほどの暖かさでした。

まず、La Bayadèreの公開リハーサル。登場したダンサーはニキヤ役のデルフィーン・ムッサン(エトワール)とソロル役のステファン・ビュリオン(プルミエ)。はじめは1幕のニキヤとソロルが会う場面から、聖なる火を囲み踊るこの部分の振付はマリウス・プティパの源振付を変えずにヌレエフは残したようです。まだ2人が稽古を始めて3,4回だそうで所々細かい確認が入ったり、2人の音の感覚を確認したりする場面もありました。
次に2幕のガムザッティとソロルの結婚式の場面では、2人の事を知ったニキヤが悲しみ絶望する踊りを花かごを持って踊ります。※なぜ花かごを持って踊るのか?詳細はまた改めてご紹介します。
そして3幕のパ・ドゥ・ドゥウに移ります。ここはかなり見応えがありました。ソロル役のステファンは今回はサポートがほとんどで踊ってる姿を観る事が出来ないかな?と思っていたら後半のシーンのマネージでのアッサンブレ2トゥールを2回してくれました。。サービスです!
今回はニキヤ役のムッサンが3つのシーンを踊りっぱなしで1時間でした。(A)
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# by balletplans-paris | 2010-04-25 21:43 | パリ・オペラ座バレエ

企画室

 balletplans-parisで企画している内容を皆様にお知らせいたします。
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# by balletplans-paris | 2010-04-25 07:19 | 企画室

はじめまして

d0156092_20143718.jpgみなさま、よろしくお願いします♪

過去の鑑賞記色々・・は以下のアドレスからご覧になれます。
http://blogs.yahoo.co.jp/shiroshiropan

お手数お掛けします。

今日からはこちらにUPして参ります!

さて、今日の予定は

16時からオペラバスティーユAmphithéatreにて La Bayadèreの公開リハーサルを見学に、
その後19時半からはオペラガルニエにて21日から始まっているJerome Robbinsプログラムを鑑賞に・・・今夜は昨年引退したマニュエル・ルグリがゲストという形で出演します。
演目は“In The Night”の3番目のカップルです。パートナーはオーレリー・デュポン!!!
初日はデジカメを忘れ撮影出来なかったので今日はシッカリカーテンコールを撮ってきますね!
後日、詳細は改めて・・・。※振付家ジェローム・ロビンスはブロードウェイミュージカルで有名なウウエストサイド・ストーリー等、数々振付・演出を手掛けていす。 (A)
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# by balletplans-paris | 2010-04-24 20:21 | パリ・オペラ座バレエ

はじめに

バレエ史へようこそ

-その1-

あーなんておもしろいのだろうか。
歴史というのは、本当に興味深い、人の歩いた道。
道の途中にあるものすべて、必然だ。
そして、偶然というのは、必然が無知という仮面を被ったものをいうとは
誰の言葉だったか・・・



かくして、バレエは生まれた。
必然のもとに。
今、インターナショナルの名の下に、空手や柔道が、
世界中で日本語の単語で学ばれているように、
バレエは、正しく言うとダンス・クラシック又は古典舞踊と訳すべきだろうか、
世界中でフランス語単語で学ばれているわけである。
ゆえに、フランスにその源があるというのは、明らかである。
バレエ史を学んだ者は誰でも知っているが、
フランスにいつもバレエの秘密の鍵があるのだ。
では、どこに?


しかしそれは、イタリア宮廷からフランス宮廷にやってきたのだ。
16世紀、国王アンリⅢ世のもとに、嫁ぐためカトリーヌ・ド・メディシスは音楽を舞う喜びをもって、他国へ旅立ったのだ。
イタリア宮廷からルネッサンス文化の実りとともに、宮廷舞踊を。

まずは、その温床となった
イタリアルネッサンスとは何かを理解せずに、今日のバレエを語ることはできないであろう。

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ルネッサンス時代の前、中世ヨーロッパ文化においては、ひとは信仰・おきてにがんじがらめであった。
興味関心、疑問、探求などの、人間の内部のにわき起こる、自然の欲求は、御法度であった。
だからル・ネッサンス=もう一度生まれた頃に戻る、つまり多神教のギリシャ神話の時代に立ち返る。
一神教キリスト教に対する反発なのだろうか。ギリシアの神々は人間的である。怒り・喜び・嫉妬・・・
日本の古代神道の神々と相通じるものがあると感じるのは、私だけではないはずだ。
破壊の神、宝生の神、美の神・・・
ここには、人間賛歌がある。キリスト教のおしえ、人は罪深く迷える子羊であるというものとは、正反対の朗らかさがある。



踊る喜び・音楽の喜び・喜怒哀楽の表現、これらがバレエ、古典舞踊の本質であると、私は思う。
「美」を問うことは、それはそれでひとつの信仰のようなものだと、私は思う。


つづく

転写される場合はご連絡ください。copyright:miyukinagno

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# by balletplans-paris | 2010-04-08 10:55 | バレエ史へようこそ